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やしろうた
句外の雑多置き場
No.33
@句外
2025/11/6 23:46 (149日前)
ぼんやりと考えていたのですが、こういったcgiで日記やささやかな文章を書くのは久しぶりなような気がして。
記憶を遡ってみたら、中学高校くらいの時に「cgiboy」ていうcgiレンタルできるサイトさんがあって、そこで借りた日記帳に毎日日記を書いていたなと懐かしくなりました。
これでおおよその私の年齢がわかっちゃう(別に隠していない)んですが…。当時はガラケーしかなくて、写メとか載せたりしてたんですよね〜!
いまだにいくつか写真が残っています。
もう居ない猫とか…。
この雑多置き場には写真はあんまり載せる気は無くて、写真の主戦場はSNSかなと思ってるんでそっちはそっちでやるんですが。
絵はかなり何も考えずに載せられていいな、と思います。
あと、私かなり長文書きな傾向があって、Twitterなんかいつも削りに削ってやっぱおもんないから投稿やめよ。とかするんですけど、ここはそういうのはあえてしないでおこうかな、と。
考えたことそのまま、添削もせず載せちゃおー。と思っています。
cgiboyの頃は、色んなサイトが企画とかやってたりして、それに憧れて変な一人企画とかしてましたね。
鷹の爪を入れた緑茶を飲む!とか、生のイチゴを使ったミルクティーを飲む!とか。
(鷹の爪の入ってるお茶が普通にあるのを知らなかった時代です)
今考えると「それのどこが面白いんだ?」という感じがしてかえって好きですね、私は。
あの頃は無鉄砲で、守るものっていったら家族しかなくて。
本当に取りとめの無い話をするんですが、ちょっと暗い話なので畳みます。
私のTwitterを長年見てる方なら多分なんとなく知っている話。
長い自語りです。
かなりネガティブな話なので注意。
続きを読む
私の姉は、今は元気に親をやっていますが、私が小学生くらいにおかしくなっていました。
いわゆる自傷行為やODをはげしく繰り返し、母が毎日泣いていて、父は仕事(自営業です)ばかりで。両親は喧嘩ばかり、姉は重度の鬱病、という家庭でした。
私も学校ではいじめられ、家には居場所がなく。中学にあがっても、嫌な教師が居たり、「あの姉の妹か」という目で見られたりして結局行かなかった。
精神科の先生に私もかかったことがありますが、その時は軽鬱と診断された上で「君が家族を支えなければいけない」と先生に言われ、ショックで大泣きしたんですが「泣いても何も変わらない」と言われてまたショックでした。
当時、ネットにはカリスマ的なリストカッターの女性がいて(故人です)、姉はその方に憧れているところがあり、悪い知識をどんどん取り込みました。
ここには書きようの無いエグい行為を繰り返し、部屋もトイレも血まみれ。買い物に出かける母に「お姉ちゃんに腕を切らせないで」と念を押されたことがあり、カッターを隠されて叫び狂う姉を押さえ切れず、仕方なくカッターを出して自責の念にかられることもありました。
姉は、気に入らないことがあると暴れて手首を切りました。
切りすぎて夜間救急に運ばれた姉と両親を、深夜3時くらいまでNHKを観て待っていた時もありました。
血の色をよく覚えています。ハロウィンの時期は血糊をつけて歩く人が居るので、ハロウィン会場なんか絶対無理です。血糊を見てフラッシュバックしたからです。
包帯だらけの姉の両腕は、本人曰く戒めとして、今も傷だらけのままです。
家族を支えなければならない、と言われたせいで、ずっと頑張って生きてきて。
胃が痛くて何も食べられず床に転がっていたとき、笑っていた両親の声を忘れられない。
でも私が支えているつもりでした。
それが、親元を離れたあと一人暮らしをしてどんどん体を壊し、体に原因不明の痛みが出る病気になって。ある日親に「お前はしっかりしてないから」と言われて勝手に裏切られた気になり、ひどく泣いて絶縁しようかと思いました。
(痛みの出る病気は5年くらい前になぜかいきなり治りました)
精神も肉体もボロボロになり、今は障害者として生きています。
なんか長々と書きましたが、
姉は病んでいた時の記憶がありません。
母も、私に心中の話をして私に止められたのを覚えていません。
父はこの件に関しては何も話さない。
悪夢のような日々でしたねえ〜。
たたむ
長々と書きましたが、今はハッピー!気楽とまではいきませんが、楽しく生きています。
確かに体はボロボロ、毎月4〜5軒くらい病院に行っておくすりと付き合って生きていますが、まあ人生何があるかわかんないしなんとか生きていけますよ〜。
今は夫とかわいい猫と三人で仲良く暮らしてる!それだけでいい。
↑を読んだ方もいない方も、まあほどほどに私は頑張って生きてんだな〜くらいに思ってくれたら嬉しいです。
ほんとにね〜。
cgiboyの話から懐古厨したところでこの辺で終わりにします。
なんか知りたい話とか聞きたいことがあればうぇぶぼにでも入れて下さい。
ここを読んでいる人が居るか知らないけどなあ〜!
追記
日記は懐かしい〜て言ったけど、mixiやっとったやろがい!日記まめにつけとったやろがい!!!
(11/7 0:29追記)
言うて泣いてしまった。悲しいとかじゃなくて!
泣いちゃう〜て言ってちょっと泣きました。
久しぶりに泣いたなあ!
#雑記
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記憶を遡ってみたら、中学高校くらいの時に「cgiboy」ていうcgiレンタルできるサイトさんがあって、そこで借りた日記帳に毎日日記を書いていたなと懐かしくなりました。
これでおおよその私の年齢がわかっちゃう(別に隠していない)んですが…。当時はガラケーしかなくて、写メとか載せたりしてたんですよね〜!
いまだにいくつか写真が残っています。
もう居ない猫とか…。
この雑多置き場には写真はあんまり載せる気は無くて、写真の主戦場はSNSかなと思ってるんでそっちはそっちでやるんですが。
絵はかなり何も考えずに載せられていいな、と思います。
あと、私かなり長文書きな傾向があって、Twitterなんかいつも削りに削ってやっぱおもんないから投稿やめよ。とかするんですけど、ここはそういうのはあえてしないでおこうかな、と。
考えたことそのまま、添削もせず載せちゃおー。と思っています。
cgiboyの頃は、色んなサイトが企画とかやってたりして、それに憧れて変な一人企画とかしてましたね。
鷹の爪を入れた緑茶を飲む!とか、生のイチゴを使ったミルクティーを飲む!とか。
(鷹の爪の入ってるお茶が普通にあるのを知らなかった時代です)
今考えると「それのどこが面白いんだ?」という感じがしてかえって好きですね、私は。
あの頃は無鉄砲で、守るものっていったら家族しかなくて。
本当に取りとめの無い話をするんですが、ちょっと暗い話なので畳みます。
私のTwitterを長年見てる方なら多分なんとなく知っている話。
長い自語りです。
かなりネガティブな話なので注意。
私の姉は、今は元気に親をやっていますが、私が小学生くらいにおかしくなっていました。
いわゆる自傷行為やODをはげしく繰り返し、母が毎日泣いていて、父は仕事(自営業です)ばかりで。両親は喧嘩ばかり、姉は重度の鬱病、という家庭でした。
私も学校ではいじめられ、家には居場所がなく。中学にあがっても、嫌な教師が居たり、「あの姉の妹か」という目で見られたりして結局行かなかった。
精神科の先生に私もかかったことがありますが、その時は軽鬱と診断された上で「君が家族を支えなければいけない」と先生に言われ、ショックで大泣きしたんですが「泣いても何も変わらない」と言われてまたショックでした。
当時、ネットにはカリスマ的なリストカッターの女性がいて(故人です)、姉はその方に憧れているところがあり、悪い知識をどんどん取り込みました。
ここには書きようの無いエグい行為を繰り返し、部屋もトイレも血まみれ。買い物に出かける母に「お姉ちゃんに腕を切らせないで」と念を押されたことがあり、カッターを隠されて叫び狂う姉を押さえ切れず、仕方なくカッターを出して自責の念にかられることもありました。
姉は、気に入らないことがあると暴れて手首を切りました。
切りすぎて夜間救急に運ばれた姉と両親を、深夜3時くらいまでNHKを観て待っていた時もありました。
血の色をよく覚えています。ハロウィンの時期は血糊をつけて歩く人が居るので、ハロウィン会場なんか絶対無理です。血糊を見てフラッシュバックしたからです。
包帯だらけの姉の両腕は、本人曰く戒めとして、今も傷だらけのままです。
家族を支えなければならない、と言われたせいで、ずっと頑張って生きてきて。
胃が痛くて何も食べられず床に転がっていたとき、笑っていた両親の声を忘れられない。
でも私が支えているつもりでした。
それが、親元を離れたあと一人暮らしをしてどんどん体を壊し、体に原因不明の痛みが出る病気になって。ある日親に「お前はしっかりしてないから」と言われて勝手に裏切られた気になり、ひどく泣いて絶縁しようかと思いました。
(痛みの出る病気は5年くらい前になぜかいきなり治りました)
精神も肉体もボロボロになり、今は障害者として生きています。
なんか長々と書きましたが、
姉は病んでいた時の記憶がありません。
母も、私に心中の話をして私に止められたのを覚えていません。
父はこの件に関しては何も話さない。
悪夢のような日々でしたねえ〜。
たたむ
長々と書きましたが、今はハッピー!気楽とまではいきませんが、楽しく生きています。
確かに体はボロボロ、毎月4〜5軒くらい病院に行っておくすりと付き合って生きていますが、まあ人生何があるかわかんないしなんとか生きていけますよ〜。
今は夫とかわいい猫と三人で仲良く暮らしてる!それだけでいい。
↑を読んだ方もいない方も、まあほどほどに私は頑張って生きてんだな〜くらいに思ってくれたら嬉しいです。
ほんとにね〜。
cgiboyの話から懐古厨したところでこの辺で終わりにします。
なんか知りたい話とか聞きたいことがあればうぇぶぼにでも入れて下さい。
ここを読んでいる人が居るか知らないけどなあ〜!
追記
日記は懐かしい〜て言ったけど、mixiやっとったやろがい!日記まめにつけとったやろがい!!!
(11/7 0:29追記)
言うて泣いてしまった。悲しいとかじゃなくて!
泣いちゃう〜て言ってちょっと泣きました。
久しぶりに泣いたなあ!
#雑記